今日は友人の命日であった。1周忌。

実際には3週前に病に倒れ目覚めることがなかったという。

彼とはもうずっと会ってなかった。年賀状だけの付き合いだった。
それでも小学校、中学校、高校、大学と彼のコトを記憶している。
彼は、私のことをいつから認識していたかは知らない。

彼が亡くなったからといって私の人生が大きく変わることは無いと思うが、彼は私の思考によく登場していた。

それは、「いつか会うだろう」という未来の時点の話なのだが、現世ではもう会うコトはない。

あの世で会うのか?

先月、地元に帰ったときにお墓を探した。
墓地の名前は聞いていたので、そこに実家の墓地もあり。

人の少ない墓地をいろいろ歩いたが結局見つけるコトはできなかった。帰省のたびに探すエリアを絞ってみつけようと思った矢先、友人の1人が墓地のエリアを教えてくれた。

次回、帰ったら参って来ようと思う。
帰るたびに実家の墓地には拝んでいたので。

立派な友人だった。
時代に流されず。自分を持って居た。
時にドライと思えることもあったけど、それは他人に嫌われても己の信ずる道を歩んでいたからだ。

私みたいな小心モノには出来ない。
だから私の思考に「ヤツだったらどうするだろう」ということで登場していたのだ。


これからも登場すると思う。